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バックパッカーの旅Ⅰ(東京~アテネ)

バックパッカーの旅Ⅰ(東京~アテネ)

≪タイ≫チェンマイ行き・夢の中

              ≪九月一日≫     ―壱―



  チェンマイ行きのチケットは、マレーシア・ホテルの近くにあ

る”J―トラベル”で購入した。


 カウンターだけの小さな旅行社で、利用者の口コミ以外探しようのな

いと言った所に、事務所を構えていて、我々も同じ日本人旅行者に教えても

らうまで気がつかなかったほどだ。



  カウンターの中には、四人の女性が座っていて、旅行者への対

応に追われている。


 そのうちの若い女性二人は、美人とは言えないが愛想の良い笑顔と、

片言の日本語での応対は異国での旅に、安らぎを与えてくれる。


 日本語と言っても、いくつかの単語だけを並べるだけのことなのだ

が、話はもっぱら英語で話し掛けてくるのだが、ゆっくり話し掛けてきてく

れるので、これが俺でも理解できるから不思議なもんである。



  事務所の壁には、各国への航空便とチケット料金が大きく張り

出されていて、日本への航空運賃がいかに高いかを教えてくれる。



  チェンマイ行きは今日の夜。


 バスの出る事務所はわからず、お迎えの車を待つことになった。


 このホテルもチケットを扱っていているが、俺が他社でチケットを購

入したもんだから、このホテルの従業員は俺になぜか冷たい仕打ちをする。


 迎えの車が来たら教えてくれるように言っても、まるで相手にしてく

れない始末。



  ホテルのロビーの二つあるソファは、いつも満席で片方に毛

唐、片方に俺が座っている。


 すぐ横には円球状の大きな透明のガラスでできた給水機が備えられて

いて、飲料水として利用されている。


 エレベーターの横の壁には、所せましとメッセージの書かれた紙が乱

雑に貼られている。



  伝言板と言った所。


 見てみると、結構日本語も多く書かれている。


 レストランの反対側には、内職をしているのか、貧しそうな?タイの

女性達が十数人、ボールペンを組み立てて箱積めにする作業を休みなく続け

ているのが見える。


 彼女達は我々のような旅行者をどんな風に見ているのだろうか。



                    *



  定刻より遅れること一時間半。


 バス会社がチャーターしたタクシーが迎えにきた。


 午後九時を少しまわっている。


 バンコックの街は闇のなか。



  タクシーが停まると、今度は大きなバスに乗り換えるように促

される。


 てっきりこのバスでチェンマイに行くのだろうと思いながら、それに

しても客が四人とは?・・・・などと思っていると、またバスから降ろされ

た。


 明々と灯りのともった小さなオフィスの前には、同じ目的地チェンマ

イを目指す人々が、出発までの時間を待っている。



  オフィスに入りきらない荷物が外に並べられ、それぞれに荷札

が付けられていく。


    ○○「もしもし、このカメラはあなたのではありませんか?」


 バスを降りたとたん声をかけられる。


    俺 「あ、どうも・・・ありがとう!」



  オフィスのカウンターの中では、これはと思う美人社員四、五

人が、テキパキと事務処理を行なっている。


 俺のバックパックが、荷札を付けられてバスの腹の中に押し込められ

ている。


 バスは日本と変わらぬ立派な大型バス。


 街の中を走っている廃品回収したような危険なバスとは月とすっぽん

である。



  暗くなった街の中に、ポッカリと浮かび上がった事務所の周り

だけが、ザワザワとしたざわめきが大きく響いている。


 貴重品だけを身につけて、”4CD”、”5CD”と書かれたシートに身を

沈めた。


満席だ。


 前方降車口の上部にはテレビが備えられていて、後方にはトイレもつ

いている。


 シートはゆったりとしていて、大きく開かれた窓には清潔そうなカー

テンが引かれ、小荷物置き場の下にはプライベイト・ライトと送風口が設け

られている。



  乗務員は四人(運転手が二人、ガイドが二人)。


 まだ乗ったことはないが、噂に聞く日本のドリーム号と比べてもひけ

を取らないどころか、世界一のバスに乗り込んだ気がする。


 座席には、一枚の毛布と一ヶの枕が備え付けられていた。


 リクライニングを後ろに倒し、早速毛布を広げ枕を頭にやる。


 何となく嬉しくなってきた。



  バスが走り出すと同時にテレビのスイッチが入った。


 ファッションショーと歌番組が一緒になったような番組が流れてい

る。


 室内灯が付けられたまま走り出して暫くすると、黒の服に茶のパンタ

ロンと言うコスチュームのお姉さんガイドが、マイクを片手に英語とタイ語

の両方でガイドを始めた。


 黒いスカートに赤いシャツのもう一人は研修生なのか、彼女のガイド

姿をジッと見いっている。



  二人共小柄だが、スタイルの良い美人だ。


    ○○「ア~~~~~ア!たまんねーな!」


 小さな声で、誰かが呟いた。


 バスは片側1車線のアジア・ハイウエー二号に入り、快調に飛ばし始め

た。



                 *



  広く取られた窓ガラスを厚手のカーテンで半分覆い隠すと、そ

れに頭を持たせかけて俺は外を見ていた。スタートした時はまだ、街のネオ

ンや外灯など外の様子がよく見えていたのだが、その街もとっくに通り過ぎ

てしまっている。



月明かりのせいか、空の方がうっすらと明るく、木の群れだの山の

陰などの境界線を際立たせていたのは何かの舞台のバックを飾る絵のよう

に、いつまでも変わることがなかった。全く色彩のない、墨絵を見ているよ

うだ。



バスは軽い振動を与えながら、外灯のほとんどない暗い国道を北へ

と突き進んでいる。周りの闇が空の星を消してしまうほど月を光らせ、その

月明かりがいっそう大地を深く暗闇の中へ追いやっていた。



・・・・と、赤い灯が突然鮮やかに闇の中に光った。


眠りの中にあると思っていた室内に、タバコに火をつけた乗客がいる。

乗客たちのほとんどは、リクライニングを倒し毛布を胸の上までたくし上

げ、死んだように眠っている。



前方を見ると、室内灯は消されていて、ただ一点灯されている僅か

な灯りが、丸い時計を浮かび上がらせていた。午前二時二十四分を指してい

る。



二人の若いガイドは、皆が寝静まったのを見計らって、サブシート

に身を沈め、ライトに浮かび上がってくる道路の白いセンター・ラインをジ

ッと見据えているようだった。



それはある時突然ある幅を持って現れ、消えて行くのだが、それ自

体の現象はいつまで経っても変わることがない。遊技場にあるドライブ・マ

シンのように、前にある画面だけを凝視している自分に気がつく。



そして、突然闇の中から現れるふたすじの光りが、ものすごい勢い

ですれ違って行く、その時だけ胸の圧迫を覚えた。朝にはチェンマイの街に

滑り込むはずだ。そこがどんな街なのか、まるで考えも及ばない。



深い眠りに入りさえすれば、目的地のチェンマイが、すぐそこまで

迫っていると言うのに、なかなかすんなりとは夢の中に入って行く事が出来

ない。興奮している自分が手に取るようにわかる思いがした。”




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